グロは一切無いですが・・・暗いっす。
大体七つとか、六つの頃?
その一室は唯唯静寂。
その一室は唯唯薄闇。
その一室、屋敷に在りて、存在しない一室也。
§ § § § §
縦横無尽。
天井と問わず床と問わず壁と問わず柱と問わず。
漆黒の鎖が木目を埋めんとばかりに張り巡らされ。
空間に針を打つ様に。
空間を細断する様に。
漆黒の鎖が天地を繋ぐ。
太い物では大人の手首程。
細い物では手首の血管程。
十重二十重と廻らされた漆黒の鎖の中、気紛れの様に吊るされた数個の親指の爪程の光る石。
それが完全な闇にしまいと懸命に灯るお陰で、辛うじて部屋は墨を水で薄めた様な薄闇を保っている。
不意に。
停滞していた空気が動く。
薄闇の中、小さな影が身じろいだ。
影に触れ、一番細い鎖がか細く鳴る。
包まっていた毛布から半身を起し、薄闇の向こうへ意識を凝らす。
闇の輝石よりも尚黒く輝く双眸がじっと一方向を見つめ、息を殺して様子を窺う。
コツコツと。
床から伝わる足音。
其れは部屋の前で止まり、扉が叩かれる。
床近くに設けられた差出口が押し開けられ、部屋の中に光が射す。
足元を這う光に立ち上がり、鎖で覆われた扉の元へ。
そろりと差し込まれたのは、まだ湯気を立てる食事。
もっとも、其れが朝餉か昼餉か、はたまた夕餉かなんて、窓一つ無いこの部屋では判らぬ事。
足元を這う光ですら、陽光なのか照明なのか判別が付かない。
「ありがとう」
囁く声は薄い玻璃を割った様に果敢無く、そして幼かった。
しかしその一言は、膳に続き水差しを差し入れ様とした手を酷く震わせ、水差しと床がカタカタと耳障りな音を立てる。
小さな影は差入口から見えぬ様に床にしゃがむと、水差しを膳に乗せ、肉付きの薄い手で膳を持ち上げる。
慌しく閉められた差出口の向こう。「まだ生きている」と洩れ聞こえた声に眼を伏せ、耳を閉じ、机のある部屋の奥へと向かった。
膳を机に乗せ、お行儀良く両手を合わせて。
「いただきます」と呟いて料理に箸を付ける。
甘味・酸味・辛味・苦味・塩味の五味は判っても、美味い不味いが判らなくなった舌に料理を運ぶのは最早惰性。
食べ終わったら前回の食事の時に添えられてあった水差しを膳に乗せ、差入口の外に押し出して、お仕舞い。
生かしておくのは、自分が『化け物』だから。
餓えさせたら、毒を盛ったら、縊り殺せば――『化け物』は祟る。
だから――殺さない。
人と同じ様な食事と衣服を与え、自分が彼等に恨みを残して死なぬ様――御霊と成らぬ様――朽ち果てるのを祈り待つ。
何もする事が無くなって、もう一度毛布に包まり直す。
眠りに落ちる寸前。ゆるりと唇が囁く。
――自分は――初めから――怨もうと、祟ろうと思える程の――
「――強い感情など、持っていないのに」
§ § § § § § § § § §
「また来た」
「また来た」
「狂わぬ鳥」
「狂えぬ鳥」
「小さな鳥」
「夜啼く鳥」
「「古き夜を謡う、小夜啼鳥」」
「まだ籠の中?」
「それとも籠の外?」
「「貴女が自由になれる日は――」」
――もう少し、先。